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認 知 症

認知症ともの忘れ

六十歳を超えると多くの人が記憶の低下を自覚します。そして自分は認知症ではないかと心配し病院を訪れます。認知症は、はじめのうちは加齢によるもの忘れとの区別がつきにくい病気です。しかし加齢によるもの忘れと認知症によるもの忘れにはいくつかの違いがあります。以下に簡単に両者の違いを記載します。

 最も大きな違いの一つは、認知症によるもの忘れは体験のすべてを忘れてしまうのに対し、加齢による『もの忘れ』は体験の一部を忘れているという点があげられます。

加齢によるもの忘れ
体験の一部分を忘れる
記憶障害のみがみられる 
(人の名前を思い出せない、度忘れが目立つ)
もの忘れを自覚している 
 探し物も努力して見つけようとする 
見当識障害はみられない
作話はみられない

日常生活に支障はない

きわめて徐々にしか進行しない

認知症によるもの忘れ
体験の全体を忘れる
記憶障害に加えて判断の障害や遂行機能障害 
(料理や家事などの段取りがわからなくなるなど)がある
 もの忘れの自覚に乏しい
探し物も誰かが盗ったということがある
見当識障害(時間や日付、場所などがわからなくなる)がみられる
しばしば作話(場合わせや話のつじつまを合わせる)がみられる
日常生活に支障をきたす
進行性である

軽度認知障害(MCI)とは

MCI (Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)とは健常者と認知症の人の中間の段階(グレーゾーン)にあたる認知障害です。MCIでは、認知機能に問題が生じてはいますが、日常生活には支障がありません。MCIの原因となる原疾患を放置すると認知症へ移行すると言われています。以下がMCIの定義にです。

1.記憶障害の訴えが本人または家族から認められている2.日常生活動作は正常3.全般的認知機能は正常4.年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない記憶障害が存在する5.認知症ではない

認知症の種類

認知症の代表はアルツハイマー型認知症ですが、それ以外にもいくつかの認知症があります。また、もの忘れ症状を示す病気は他にもいろいろあります。これらの鑑別には症状と画像所見が大事です。以下に代表的な病気を紹介しますが、認知症では通常症状は進行性です。

 

<アルツハイマー型認知症>

代表的な認知症で、認知症のなかで一番多い。女性に多い。もの忘れで発症する。

初期:忘れていることを忘れている。例は食事を食べたことを忘れるなど。

中期:現在と過去の区別がつかなくなる。近い時期の記憶からなくなっていく。代表的な症状は徘徊。尿意や便意もわからなくなり、失禁がみられる。

後期:話が通じなくなる。食事に集中できず介助が必要になる。歩行が緩慢となり、歩いている時に姿勢が傾く。やがて寝たきりとなる。

 

<レビー小体型認知症> 以前はPick病と呼んでいた。

アルツハイマー型認知症に次いで多い。男性に多く、もの忘れや軽い認知症状がでた後、よく転ぶ、歩き方がおかしくなった、体の動きが緩慢になった、手が震えるなどのパーキンソン病に似た症状が出現する。もの忘れが目立たないこともある。人や動物・虫などの幻視をみる。人物の誤認も多い。実際にいない人をいると思い込む「幻の同居人」もしばしばみられる−妄想性人物誤認症候群。その他、嫉妬妄想、被害妄想、もの盗られ妄想や過度に身体のことを気にする心気症状や不安感を示す。睡眠時に夢に合わせて踊ったり、バタバタしたり、歩いたりするーレム睡眠行動障害。認知症状が変動しやすく、良いときは話が通じるが、悪くなると回りのことがわからなくなるー認知の変動。気分、態度、行動などがころころ変わる。時に原因不明の意識消失をおこすのも特徴である。

 

<前頭側頭型認知症>

前頭葉と側頭葉の萎縮が強く、人格や性格が極端に変わっていくのが特徴である。初期から、行儀や社会的マナー、礼儀正しさが失われる。また、意欲の低下により会社を休むなどの行動がみられる。職場でうろうろ歩き回ったり、喜怒哀楽の表情がなくなる。他人には厳しい表情をしているようにみえる。やがて、性的ハラスメントや万引きなどの反社会的行為を行う。いわゆる「欲動性脱抑制」と呼ばれる社会的対人行動の障害がみられる。清潔保持ができない。決まった時間に同じ行動を繰り返さないと不安になる。言語の保続もみられる。動作は活発であったり、無気力な態度であったり一貫しない。同じ場所を行ったり来たりする徘徊も見られます。話すこと、笑うこと、唄うこと、性的な行動、他者への攻撃等の増加がみられる。やがて、その人の人となりが失われ、家庭や社会において他の人間との接触を嫌い、周囲にお構いなしの勝手な行動をとるようになっていく。病識はまったく欠如します。初期はうつ病や統合失調症と間違えられやすいので注意が必要である。

 

<脳血管性認知症>

脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などに起因する。初期の症状は意欲低下、自発性低下、夜間の不眠や不穏など。進行すると、発作がおきるたびに症状が段階的に悪化する。障害された部位によって認知症の症状が異なるため、記憶障害は高度であるが判断力は保たれているなどの「まだら認知症」の症状がみられる。

 

皮質基底核変性症:前頭葉と頭頂葉の萎縮が強く、手足に堅さ、うまく使えないなどの運動失行がみられる。

 

注)若年性認知症:64歳以下で発症する認知症の総称

 

<なおる認知症> 

以下の脳外科的疾患は治療により完全に症状がなくなるか、あるいは、改善する可能性がある。

 

<慢性硬膜下血腫>

軽微な頭部外傷後1ー2ヶ月してから頭痛、麻痺、もの忘れなどで発症する。穿頭術で完治が可能である。

<正常圧水頭症>

歩行障害、尿失禁、もの忘れの症状がみられる。脳室ー腹腔シャント術あるいは腰椎ー腹腔シャントで改善する。

<脳腫瘍>

前頭葉の脳腫瘍などでは認知症状が出現する。良性の脳腫瘍の場合、手術などで症状の改善が期待できる。

 

<その他>

<アルコール性認知症>

 

 

認知症の症状

これ以降の説明は、主にアルツハイマー型認知症を念頭において行います。

認知症の症状は認知症の人なら誰にでも現れる症状=中核症状と、本人が持ち合わせた性格や環境に起因する症状=周辺症状があります。

中核症状

記憶障害(短期記憶・長期記憶・エピソード記憶・手続き記憶・意味記憶)、見当識障害(時間・季節・場所・人など)、判断力の障害(遂行機能障害)、失語・失認・失行など(高次脳機能障害)

周辺症状

徘徊、弄便、物盗られ妄想、せん妄、幻覚や錯覚、うつ・抑うつ、暴力・暴言・介護拒否、失禁、不眠・睡眠障害・昼夜逆転、帰宅願望、拒食、異食

 

認知症の初期症状

認知症の初期症状はいろいろありますが、中核となる症状は記憶障害です。最近の出来事を忘れてしまう一方で、昔の記憶は、ほとんど忘れません。時間、場所の認識(見当識という)や人物の認識が低下してきます。最初は日付や年度の認識が低下しますが、やがて場所の認識も障害されてきます。会話面では、日常的な会話は可能ですが、記憶を必要とする会話は障害されます。日常生活では、趣味や興味があったことに関心が向かなくなります。また料理などの複雑な作業がきちんとできなくなり(遂行機能障害という)ます。

 

家族が気づく認知症の初発症状

認知症の患者さんは、自分が認知症であるという自覚がありません。たいてい一緒に生活している家族がおかしいと気づきます。家族が認知症に気づいた日常生活の上での変化の発生頻度は以下の通りでした。

 

    (1) 同じことを何度も言ったり聞いたりする(45.7%)

    (2) ものの名前が出てこなくなる(34.3%)

    (3) 置き忘れやしまい忘れが目立った(28.6%)

    (4) 時間や場所の感覚が不確かになった(22.9%)

    (5) 病院からもらった薬の管理ができない(14.3%)

    (5) 以前はあった関心や興味が失われた(14.3%)

    (その他、ガス栓の締め忘れ、計算の間違いが多い、怒りっぽくなった など)

 

  東京都福祉局:高齢者の生活実態及び健康に関する調査専門調査報告書 平成8年9月より

 

認知症の検査

<スクリーニング検査> いずれの検査も全体を通じて30分ほどで施行可能

認知症が心配な患者さんが訪れるのは病院や診療所の”認知症外来”や”もの忘れ外来”です。問診上あるいは画像診断上その疑いがある時には認知機能のスクリーニング検査が行われます。検査は主に神経内科医、老年内科医、脳神経外科医、精神科医などが担当します。認知症が疑われた場合どんな検査が行われるのか説明します。

 

⑴ 認知機能全般を評価するもの

認知症の中核症状は記憶障害です。認知症を疑う簡便な検査として広く行われているものは以下のものです。

改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)

質問内容:1:年齢 2:日時の見当識 3:場所の見当識 4:言葉の即時記銘 5:計算 6:数字の逆唱 7:言葉の遅延再生8:物品記銘 9:言語の流暢性                                     30点満点で、20点以下のとき、認知症の可能性が高いと判断される。

認知症の重症度別の平均点:非認知症:24.3点/軽度認知症:19.1点/中等度認知症:15.4点/やや高度認知症:10.7点/ 高度認知症:4.0点

ミニメンタルステートテスト(Mini-Mental State Examination: MMSE) 

質問内容:1:日時の見当識 2:場所の見当識 3:言葉の即時記銘 4:計算 5:言葉の遅延再生6:物品呼称 7:文章復唱 8:口頭による3段階の指示 9:書字理解・指示 10:自発書字 11:図形描写            27〜30点 正常、22〜26点 軽度認知症の疑いもある。21点以下 どちらかというと認知症の疑いが強いHDS-RとMMSEのハイブリッド版       

                                  

⑵ うつ状態やアパシー(無気力)の除外                                 記憶がしっかりしているのに、抑うつ気分(気持ちが沈む、楽しくない)、意欲や気力の低下(何もしたくない)、不安感や焦燥感が強い、不眠や倦怠感などがある場合には、うつ状態かアパシーかもしれません。

以下の検査があります。                                   

Zungの自己記入式抑うつ度スケール

やる気スコア(Apathy scale)うつ状態、アパシーが明らかな場合は,その原因を精査し早期治療を行うために専門医のいる施設に速やかに紹介することが大事です。また、無症候性脳梗塞や大脳白質病変を伴ったうつ状態は血管性うつ状態の可能性が強く,危険因子の治療を徹底することが必要です。

⑶ せん妄の除外

 記憶の障害は強くないのに、日常生活に支障があります。夜間に存在していないものが見えるといった幻視(壁に虫がいる、誰かが立っている、体に虫が這っているなど)、不安感や焦燥感が強い、何となくぼんやりしてる、話しかけても返答が遅いなどの症状がみられます。精神科など専門医を紹介する必要があります。

<神経心理学的検査>

スクリーニング検査で認知症の疑いが強い場合、詳しい検査が行われることがあります。神経心理学的検査といわれます。神経心理学的検査には多くのものがありますが、そのうちのいくつかを示します。

知能検査:

Wechsler 成人用知能検査第Ⅲ版ーWAIS-Ⅲ

前頭葉検査:

Frontal Assessment Battery

Stroop test

Tail making test など

 

<その他の検査>

一般的検査:血液検査、尿検査、胸部X−P、心電図検査

脳波検査

脳脊髄液検査

遺伝子検査

<画像検査>

認知症が疑われる場合、様々な画像検査が行われます。通常は、頭部CT、頭部MRI・MRA、SPECT検査などで

す。

頭部CT:脳血管障害や脳腫瘍などの脳器質疾患の有無、脳萎縮の程度の評価

頭部MRI:脳血管障害や脳腫瘍などの脳器質疾患の有無、脳萎縮の程度の評価(定量化も可能)

     白質病変の有無や程度を評価、微小出血の確認、

MRA:脳血管の狭窄や閉塞などの評価

SPECT検査:脳の局所血流量がわかり、アルツハイマー型認知症などの早期診断に役立つ。

<アルツハイマー型認知症>

海馬、頭頂葉、側頭葉、後帯状回、頭頂葉内側の楔前部の血流低下 

<レビー小体型認知症>

後頭葉、頭頂葉、頭頂葉内側の楔前部楔前部の血流低下 

MIBG-SPECTでも取り込みの低下あり 心臓の交感神経機能の低下を反映

<前頭側頭型認知症>

前頭葉、側頭葉の血流低下

 

参考:認知症と関係のある脳の部位

海馬… 主に記憶を作るところです。特に新しい記憶に関係があります。

後帯状回… 空間認知や記憶などに関係があります。空間認知障害:どこにいるのかわからない

頭頂葉… 言語による表現、計算、着衣、行動、空間認知などに関係があります。

楔前部(せつぜんぶ)… 記憶などに関係があります。

前頭葉… 行動をおこすこと(運動・意思など)に関係があります。障害:人格や性格の変化

後頭葉…主に視覚に関するところです。障害:幻視・幻覚

その他にも以下のような検査があります。

fMRI(functional MRI):安静時に行うものと課題依存型脳機能をみるものがある。

DTI(diffusion tensor image):脳の白質の構造をみる検査。

PET:脳血流や脳代謝をみる検査。

 

認知症の診断

外来における診察での所見、これまで述べてきた検査を総合して診断します。

代表的な認知症の診断基準には、世界保険期間による国際疾病分類第10版(ICD-10)や米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル、改訂第3版(DSM-Ⅲ-R)および第4版テキスト改訂版(DSM-Ⅳ-TR)があります。

認知症の予防

認知症の進行には生活を取り巻く環境の影響が大きく関わっていると分かってきました。認知症を予防するためには食習慣や運動習慣を適正に保つことが、また、認知機能を積極的に使うためには対人接触を行うことや知的行動習慣を意識した日々をすごすことが重要です。下にそれぞれの対策の具体例をまとめました。

1.食習慣

  野菜・果物(ビタミンC、E、βカロチン)をよく食べる

  魚(DHA、EPA)をよく食べる

  適量の赤ワイン(ポリフェノール)を飲むこともよい

  1. 運動習慣:週3日以上有酸素運動をする

  2. 対人接触:人とよくお付き合いをする

  3. 知的行動習慣:文章を書く・読む、ゲームをする、映画館、音楽会、美術館・博物館に行くなど

  4. 睡眠習慣:起床後2時間以内に太陽の光を浴びる 30分未満の昼寝もよい

 

<認知機能の鍛え方>

認知症の症状の中で、エピソード記憶、同時遂行機能、計画力は鍛えることができます。それぞれについて例を示します。

エピソード記憶:日記をつける 家計簿をつける

同時遂行機能:料理は同時に2品以上作る 散歩しながらしりとりをする

計画力:旅行や買物の計画を立てる

 

財団法人「ぼけ予防協会」で発表されている「ぼけ予防10か条」「ぼけ介護10か条」はとても役にたちますのでご紹介します。  

           

<ぼけ予防10か条>                                                                                                                                             1. 塩分と動物性脂肪を控えたバランスのよい食事を2. 適度に運動を行い足腰を丈夫に3. 深酒とタバコはやめて規則正しい生活を4. 生活習慣病(高血圧、肥満など)の予防・早期発見・治療を5. 転倒に気をつけよう 頭の打撲はぼけ招く6. 興味と好奇心をもつように7. 考えをまとめて表現する習慣を8. こまやかな気配りをしたよい付き合いを9. いつも若々しくおしゃれ心を忘れずに10.くよくよしないで明るい気分で生活を

 

<ぼけ介護10ヵ条>                                           

1. 【コミュニケーション】語らせて微笑みうなずきなじみ感2. 【食事】工夫してゆっくり食べさせ満足感3. 【排泄】排泄は早めに声かけトイレット4. 【入浴】機嫌みて誘うお風呂でさっぱりと5. 【身だしなみ】身だしなみ忘れぬ気配り張り生まれ6. 【活動】できること見つけて活かす生きがい作り7. 【睡眠】日中を楽しく過ごさせ夜安眠8. 【精神症状】妄想は話を合わせて安心感9. 【問題行動】叱らずに受け止め防ぐ問題行動10.【自尊心】自尊心支える介護で生き生きと

 

認知症の治療に使用される薬剤

脳血管性認知症(初期症状)

脳梗塞後遺症に伴う意欲低下に適応がある。

ニセルゴリン(5)(サアミオン他)3T 3x 12週で効果なければ中止

アマンタジン塩酸塩(50)(シンメトレル)2〜3T 2xあるいは3x 12週で効果なければ中止

 

アルツハイマー型認知症

ドネペジル塩酸塩(アリセプト)

1日1回3mgから開始 1〜2週間後に5mgに増量 高度には5mgで4週間以上経過後、10mgに増量

ガランタミン臭化水素酸塩(レミニール) 軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症

1回4mg、1日2回から開始、4週間後に1回8mg、1日2回に増量 最大1回12mg、1日2回まで

リバスチグミン(イクセロン、リバスタッチ)パッチ 軽度及び中等度のアルツハイマー型認知症

1日1回4.5mgから開始、4週毎に4.5mg ずつ増量 維持 1日1回18mg

メマンチン塩酸塩(メマリー)中等度及び高度のアルツハイマー型認知症

1日1回5mgから開始、1週間に5mgずつ増量 維持1日1回20mg

 

 

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